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映画「忍びの国」で大野智演じる無門のモデルは誰?史実と伊賀忍者

今回は明日、4月2日に地上波で放送される映画「忍びの国」について書いていこうと思います。この映画では嵐の大野智さんが主人公である忍者無門を演じているのですが、この無門のモデルとなった伊賀忍者は誰なのでしょうか?

 

映画オリジナルのキャラではなく、天正伊賀の乱の際に伊賀忍者側の中の誰かをモデルにしているのだと思いますが史実から推測していきたいと思います。

 

映画「忍びの国」とは

映画「忍びの国」は日本の小説家である和田竜の歴史小説で安土桃山時代に起きた天正伊賀の乱を題材としています。主人公の無門を嵐の大野智さん、お国を石原さとみさんが演じるほか織田信雄をHey Say JUMPの知念侑李さんが演じています。

 

忍者をテーマにした映画で主人公の忍者である無門は当初、お金以外の事に興味を持つことがないような振る舞いをしていますが、映画の後半になるにつれて少しずつ精神面での成長が見られるようになっていきます。

 

史実の天正伊賀の乱とは

 

天正伊賀の乱は現在の三重県西部で起きた一揆で1578年から終結する1581年まで3年に渡って続いた織田信長と伊賀国の戦争です。厳密に言えば、2回に分けて行われ、一度目の戦いでは織田信長側の敗北に終わっています。

 

2回目は1581年に起き、織田側が反撃に転じ約5万の軍勢で伊賀に攻め込んだため、伊賀国内は荒廃し、9万人いた人口のうち約1/3にあたる3万人が殺害されたと言われています。

 

人口の1/3を失うことは国を維持できないレベルの事態です。それだけ1度目の敗戦に織田信長は怒り心頭だったことが読めます。

 

1578年と言うと織田信長が長篠の戦いで武田氏を破った後であり、当時の日本で最大の勢力のなっていたと言っても過言ではないでしょう。その織田軍を一度は撃破しているので伊賀国側に優れた将がいたことは間違いありません。

 

無門のモデルとなった人物は誰?

 

戦国大名がいない伊賀国が当時最強の織田軍を倒すことは相当難しい状態だったはずです。個人の武力も兵力も劣っていた伊賀国側が勝てたのは相手の不手際を含めても優れた知略と兵略を持ち合わせ上に統率力のあったリーダーがいたからだと推測できます。

 

伊賀忍者について調べてみたのですが、無門のモデルに該当しそうな歴史上の人物は見つけることは出来ませんでしたが、1人興味深い人物がいました。

 

滝野吉政という人物で天正伊賀の乱の最後の舞台となった柏原城の城主です。この人物が無門のモデルではないかと個人的に推測しています。

 

滝野吉政とは何者なのか?

 

滝野吉政は天正伊賀の乱が集結する1581年の柏原城の攻防戦で柏原城内の兵の命を引き換えに織田信長に降伏しました。

 

自分を慕う兵の命と引き換えに戦争を終結させたことは勇気ある判断だったのではないでしょうか?圧倒的不利な状況の中で徹底抗戦して全滅するまで戦うという手段を取らず、人命救助を条件に降伏し、城を明け渡すという手段を選んだのは賢明な判断だと思います。

 

圧倒的不利な状況で戦っていても全滅するのは時間の問題です。自分の兵たちを犬死させないための判断だったのではないかと個人的に思っています。

 

なお、天正伊賀の乱が終結した翌年に本能寺の変が起きて織田信長は自決します。

 

滝野吉政が無門のモデルになっていると思った理由

 

本能寺の変後、滝野吉政は織田信雄の元に逃げます。この人物こそ1578年~1579年にかけて起きた第一次天正伊賀の乱の原因を作った人間です。

 

本能寺の変後、滝野吉政の城だった柏原城は伊賀の一揆勢に攻め込まれています。天正伊賀の乱で伊賀国を制圧した織田信長に対する伊賀の一揆衆の報復とも言えるでしょう。

 

 

天正伊賀の乱で織田信長に降伏した滝野吉政を快く思っていなかった伊賀の一揆衆もいたことは予想が付きます。柏原城が攻撃されることを予め予想して織田側に逃亡したのではないかと推測できます。

 

映画での無門の行動が滝野吉政の行動と似ている?

 

「忍びの国」の終盤で自分をかばって命を落としたお国を見て、自分自身に絶望し伊賀から姿を消しますが、この部分は滝野吉政の織田側への逃亡と似ていると感じます。

 

映画では伊賀国の人は金に汚い感じの人が多いと感じますが、史実の伊賀忍者も金の契約で複数の依頼主に従うことがあったようなのでダブルスパイ状態になるのも珍しくなかったのかもしれません。

 

小説では伊賀国が織田側に攻め滅ぼされ、壊滅した際に信長の居城であった安土城に無門は1人で忍び込み「伊賀を攻め滅ぼさねばおのれの命はない」と焚きつけていますが映画ではそのシーンはありません。

 

無門は実在した人物かどうかは分かりませんが、滝野吉政がモデルなのではないかと思います。最初は伊賀国側の人間として戦うも、最後は伊賀国側から抜け出しています。

 

映画では織田側に付いたかどうかは分かりませんが、小説では安土城に忍び込み伊賀を攻め落とすよう進言していることを考えれば原作では織田側についているとも言えます。

 

無門と滝野吉政には共通する部分があるのです。滝野吉政が織田側に逃亡した理由ははっきりとは分かりませんが、似すぎているような気がします。

 

まとめ

 

映画では序盤、無門はお金で動いているだけの忍びですが、後半になると精神的な成長が見られます。お国が死んだ時には感情と言うものが初めて表面化したように思えます。お金以上に大事な物があると気づいたのでしょう。

 

現代社会においても、お金より大事な物があるということを再認識させられるのではないでしょうか?忍びの国はある意味で人間的な成長が大事であることを教えてくれる映画だと思います。

 

 

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