LGBT寄稿文の生産性批判が杉田議員の正論部分と人権を弾圧

スポンサーリンク
国内

こんばんは。今回はこの夏にテレビでも話題となった自民党の杉田水脈議員のLGBTに対する主張について書こうと思います。

 

ほとぼとりが覚めてきた頃にこの話題に触れたのは動きがあったからです。

今日の昼の記事です。https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180916-00000032-asahi-pol

 

朝日新聞の記事ですが、月刊誌「新潮45」が杉田議員のLGBT発言を擁護するような企画を10月号で掲載すると書かれています。

 

夏場はボロカスに批判するメディアばかりだった中で杉田水脈議員の発言を擁護するとなると大きな変化です。杉田議員の発言を擁護するとなると他のメディアから批判が殺到することが予想できる中で勇気ある行動なのではと思います。

気温の低下とともに、注目されなくなり始めていましたが、また一波乱ありそうな展開です。

 

ここで杉田水脈議員のLGBTの寄稿文全文を見てみましょう。以前、お借りしたサイトを載せます。

『【 備忘 】杉田水脈氏の寄稿文(全文)』
最初に。わたしは杉田水脈氏が言っていることに違和感は持たない。 (以下は、Facebookでシェアされていたものから拝借しています。)ーーーーこの1年間で「L…

 

こちらのサイトさんで杉田議員のLGBTの述べた寄稿文の全文が分かります。寄稿文の全文をあげていただいて本当にありがたいです。

 

メディアは杉田水脈議員のLGBT寄稿文の全文を取り上げることもなく、「生産性がない」の部分だけを切り取り、LGBTに対する差別だとして猛烈にバッシングしてきました。

 

LGBTは生産性がないと杉田議員が普通に発言したように報道していますが、前後の文章を読めば仮定があって、結論に至っています。文章を読めば、どういう仮定で生産性がないという結論に至ったのか分かるはずです。

 

以前に書いた記事でも述べましたが、前後の文章を切り取り、全く異なることを事実のように報道するメディアの姿勢はおかしいです。

これこそ、フェイクニュースです。

 

メディアが間違った情報を世間に流し込み、なんでもかんでも政権批判に繋げようとするスタンスで当たり前のように存在していること自体がおかしな話です。

 

間違った情報を流し、国民を騙して扇動しようとあおるメディアこそ、逆賊ではないかと思います。真実を報道せず、フェイクニュースを流すメディアは必要ありません。

 

杉田議員のLGBT発言に対しても、全く異なる報道をしていましたし、露骨な印象操作でした。どこかの新聞は杉田議員の写真を加工したような写りの悪いものを選んで記事に載せていましたから。

政権側の人間ならどんな手段を使ってでもいいのでしょうか?これが野党側の人間ならこんなことはしないでしょうし、メディアの中立性を疑います。

 

最近、受けた人権研修で杉田議員のLGBT発言に対してボロカスに批判し、人間性を疑うような言葉で攻撃していた講師がいました。

 

正直、「あなたが人権のことを語る資格はない」と思いましたし、聞いていて気分が悪かったうえに時間の無駄としか思いませんでした。

人権の啓発運動をしている人間が卑劣な言葉を使って個人攻撃をするあたり偽善者でしかありません。

 

批判するのは勝手ですが、少なくとも講師として企業の研修に招かれている人間が卑劣な言葉を使って批判する時点で終わってます。

 

全てのメディアや人権団体がこんなことをする訳ではないと思いますが、メディアや人権団体に人権を語る資格はあるのか疑問に思いました。

 

人権団体やメディアがこぞってよく使う「多様性」とは何なのでしょうか?

 

最近、ダイバーシティーという言葉をよく聞くと思いますが、直訳すると「多様性」です。

 

人種・国籍・性別を問わず、いろいろな考えを持つ人を認め合って共存ことだと教わった記憶があります。ひとつの事象に対し、すべての人が同じ考えだとは限りません。

 

今回、話題となった杉田水脈議員のLGBTに対する発言に対しても、さまざまな考えを持つ人がいます。メディアは杉田議員の発言を間違っていると批判し、個人攻撃をしていますが、本当に間違っていると100%言い切れるのでしょうか?

 

多様性とは視点の違うところからひとつの事象を見た際に、捉え方が異なると考えれるのではないかと個人的に思います。

 

テレビ番組でも杉田議員の批判をする人だけを集めて討論させているものもあり、中立性に欠けていると思います。討論をするのであれば、考えの違う人間を複数人ずつ用意して討論させるべきでしょう。

 

今回のLGBT問題以外でも、政府の政策に対して反対の主張をする人間だけを集めて討論させている番組はあります。こんな方法が討論として認められるのでしょうか?

 

私は決して政権側を100%支持しているわけではありません。批判するのは勝手ですが、正しい方法で報道すべきです。ルールを守らない人間が相手のことを批判する資格はありません。

 

主張が違う人間を卑劣な言葉で個人攻撃するような人間に人権を語る資格はありません。多様性を認めろと言うなら、杉田議員の考えも多様性の1つとして認めるべきです。

 

人権は誰もが持つ権利だと主張しているのに、認めないというのならおかしな話です。

 

本当の多様性を認め合うというのはどういうものなのでしょうか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました